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消費税の推進論者を信用してはならない

 
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nonofho
元地方公務員。農業土木技術者。農業基盤整備の設計・施工に係わること42年、そのノウハウを生かして自然エネルギーの有効利用を考えています。栃木県在住。

 

権力者が民衆を支配する手段として、まずは暴力(軍隊・警察)と税金の徴収だろうと思います。

良く考えてみれば、結局のところ暴力団と図式は変わりません。

嫌な世の中ですが、個人は力がないので選挙でまともな政治家を選ぶしか対抗手段はないわけです。

 

ところで消費税に関しては、まともな経済学者や政治家が5%への減税や廃止をこれまでも訴えてきました。

れいわ新選組の山本太郎氏や自民党の安藤裕衆院議員などが特に熱心でしたが、昨年10月の10%消費増税後の大幅な経済の落ち込み、そしてコロナショックでいよいよ大きな問題になってきました。

 

もはや消費税そのものが社会の害悪になっているのにも関わらず、それに異を唱えるろくでもない元大蔵官僚がいます。

しかし、それに真っ向から反論する記事を見つけたので保存しておきたいと思います。

 

国のやることに唯々諾々と従っていたのでは殺されます。

どんどん声を挙げていきましょう。

 

以下の記事を書いたのは、斎藤貴男さんというジャーナリストで、デモクラシータイムズで時々見かける方です。

見る目がちょっと変わりましたね。

 

【保存版】山本太郎氏「消費税ゼロ」への高橋洋一氏の批判に徹底反論!(上)

「中小零細企業は消費税を払えない」はミスリードと決めつけることこそミスリード

斎藤貴男 ジャーナリスト

 新型コロナウイルスの感染拡大で“コロナ不況”の様相を呈しつつある日本。リーマンショック以上とも言われる危機に対する景気対策の検討に入った政府では、消費税率の引き下げも浮上しています。長年、消費税のあり方を追及してきたジャーナリストの斎藤貴男さんが、消費税についてさまざまな角度から考えるシリーズ。今回は、れいわ新選組の山本太郎代表がかかげる「消費税廃止」を批判する元大蔵官僚・高橋洋一氏(嘉悦大学教授)の論考に対して、2回にわたって徹底反論します。(論座編集部)

『月刊Hanada』の3月号に、元大蔵官僚・高橋洋一氏(嘉悦大学教授)の「山本太郎の正体」という論考が載った。政界きっての“台風の目”こと「れいわ新選組」代表に対する批判である。気づいたのが遅く、すでに書店には翌4月号が並んでしまっているのだが、看過できない、いや、どうしても許せぬものがあるので反論しておきたい。

山本氏を批判するのは自由だ。高橋氏の場合、昨年11月、山本氏と野党統一会派に参加する馬淵澄夫元国土交通相が始めた「消費税減税研究会」の講師第1号に招かれていて、特に揉めたわけでもないのに(と筆者は聞いている)、いったい何の恨みが? と不思議な気はするけれど、自由であることに変わりはない。

ちなみに研究会には立憲民主党の石垣のり子参院議員が欠席し、「レイシズムとファシズムに加担するような人物を講師に呼ぶ研究会には参加できません」とツイートするというハプニングはあったが、これはあくまで石垣氏の発言であり、それでも仲間割れを恐れず、「財務省側の考え方を知ることが大事」だと高橋講師を受け容れたのが山本氏だった。

山本氏の「消費税ゼロ」論文をデタラメ呼ばわり

本題に入ろう。しかして高橋氏の論考は、「山本批判」もさることながら、近年はその山本氏が象徴的存在になった感のあるリベラル派の「消費税増税反対論」に対する罵倒であり、嘲りに他ならなかった。であれば、かねて消費税批判の急先鋒であり続けてきた筆者としても、放置しておくわけにはいかないのである。

高橋氏の論考は、『文藝春秋』2月号に掲載された山本氏の政策論文「『消費税ゼロ』で日本は甦る」の全否定から書き出されていた。山本論文はタイトル通りで、彼が昨年7月の参院選で掲げた公約を掘り下げたものだったが、高橋氏はこれにページを割いたこと自体を、〈『文藝春秋』はいつから共産党の機関誌になったのか〉と非難。内容についてもデタラメ呼ばわりした。

たとえば山本氏の〈消費税で最も苦しんでいるのは、中小零細企業です〉〈行列ができるラーメン屋ですら、消費税が払えない。これが今の日本の実態です〉という指摘を、〈完全なミスリード〉だと決めつけて、こう書いている。

 消費税が払えないということは本来あり得ない。消費者から貰った消費税額から仕入れで払った分を差し引き、そのまま納付すればいいだけの話。どんぶり勘定だから、消費税が払えないという事態になるのだ。

それこそミスリードも甚だしい。高橋氏は消費税につきまとう“転嫁”の問題を、まるで実体のない妄想でもあるかのように見せかけているが、そんなことは断じてない。

 

納めたくても納められないケースは山ほどある

中小零細の事業者が消費税を納めたくても納められないケースは、掃いて捨てるほどある。滞納を重ねて税務署に差し押さえを食い、追い詰められて自殺した人の遺族たちにも、筆者は取材してきた。関心のある読者は拙著『決定版 消費税のカラクリ』(ちくま文庫)を読まれたい。

筆者自身、いつそうなってもおかしくない自営業者のひとりだから、常に怯(おび)えている。犠牲者たちの死屍累々に向かって、“どんぶり勘定”とは無礼に過ぎよう。

消費税というのは財務省やマスコミに誘導された一般の思い込みとは大違いで、原則すべての商品・サービスのあらゆる流通段階で課税されている。納税義務者も消費者ではなく、年商1000万円超の事業者だ。その納税義務者が、「コスト+利益」に消費税分を上乗せした値決めをできるとは限らないと、「論座」でも幾度となく書いてきた。

電力や水道、鉄道などのような、政策的に事業者保護が図られる公共料金はさておき、普通の商品やサービスの価格は市場原理で決まる。つまりは同業他社との競争や、取引における力関係次第。

近くに家電量販店を建てられてしまった町の電器店や、“コストカッター”の異名を取る仕入部長を相手にさせられる町工場を想像してみてほしい。彼らがそれでも滞納を回避しようとすれば、どんな方法が考えられるだろうか。

よくある手段はまず、従業員を泣かせて人件費を削る。でなければ仕入れ先を泣かせて値引きさせ(増税分の値上げを認めない等)、コストを削る。

そうやって負担を自分より弱い立場の者に押し付けることが難しい事業者は、自らの利益を削り、老後に備えていた蓄えを取り崩して納税するしかない。法人税や所得税と異なり、消費税は利益に課税されるのではなく、取引に対して課される税なのだ。ゆえに赤字だろうと納税義務を免れない。弱い者いじめができる状況にない、あるいはそれを潔しとしない事業者を自動的に滅ぼしていくのが、消費税という税制の特質であり、機能なのである。

人は納税のために生きているのではない

消費税増税を推進する側の人々はしばしば、「そんなことぐらいで潰れるような事業者は、そもそも生産性がないのだから、さっさと市場から退場しろ、死んでしまえ」と言いたがる。だが、これは新自由主義的なビジネスの論理だけで済まされてよい問題だろうか。真っ先に滅ぼされていくのは、中小零細事業者の中でも、とりわけ生活と仕事が一体となった「生業(なりわい=ルビ)」なのだ。

何事もなければ生きられる者が、消費税のために殺される。生き方を規定されてしまう。人間は納税のために生きているのではないし、社会がグローバル・ビジネスのために存在しているのでもない。

 

言うほどには簡単な税ではない消費税

筆者は「論座」の昨年9月29日配信記事「結局、弱い者が負担を強いられる弱肉強食の消費税」に、政府税制調査会専門会員特別委員でもある森信茂樹・中央大学法科大学院教授の『消費税、常識のウソ』(朝日新書、2012年)を引用している。やはり元大蔵官僚で、高橋氏の7年先輩に当たる人物だ。

引用の孫引きは不細工なので、詳しくは当該記事を参照していただきたいのだが、以上のような筆者の解説を結果的に裏付けてくれる記述だった。高橋氏が言うほどには、消費税とは簡単な税ではないことが、よくわかる。

当然ながら、あなたの先輩もこう仰っておられるのだぞと権威づけるつもりなどない。森信氏の著書に着目したのには前段がある。これも前掲記事で少し触れたエピソードだが、筆者は2010年頃、今回の高橋氏とほぼ同様の議論を森信氏に吹っ掛けられた。納税義務者が消費税を価格に転嫁できないなんてこと、あり得ませんよ、と。NHKのニュース解説番組でご一緒した直後、顔のドーランを落としてもらっている舞台裏での出来事だった(NHKに出演すると、タレントでもないのにメイクさんをつけてくれたりするのだ)。

番組の収録中、“転嫁”の問題を重ねて強調した筆者に、彼は腹を立てていたらしい。こちらは「そりゃあ、そうですよ。ただし帳簿の上でだけは、ですよね。利益をどれほど削り、従業員や仕入れ先をどれだけ泣かして絞り出した金であろうと、納税してしまったら最後、そのような形ができあがるしかない。転嫁できないというのは、商売の実質を表す表現です」と返して、後はお互い、鏡台とのにらめっこに戻った。いかにも徴税側と零細事業側の緊迫したやり取りだったので、よく覚えている。

その森信氏が、番組の2年後に刊行した消費税増税の啓蒙書では、納税義務者が“転嫁”できない実態を、実にあっけなく認めた。さりとて彼は、納税側の苦しみを理解したわけでも、いわんや共感してくれたわけでもない。大蔵・財務官僚に限らないが、権力の側にいる人間が国民を欺く方法論というものを、筆者はあの一件で、つくづく思い知らされた。

レトリックでごまかせない消費税の悪魔性

『消費税、常識のウソ』の想定読者は、どこまでも消費者だった。多くは中小零細事業の従業員として働く、ということはその命運に左右される労働者でもあるはずだが、消費税の仕組みをある程度は承知しておかないと、このあたりの関係がわからない。税率が上がれば物価も上がって大変だとばかり考えやすい。

そこで徴税側の立場に立つ人は、消費者には「増税分は転嫁できない事業者が被ってくれますから、あなた方に損はありませんよ」と示唆する一方、税に利益を奪われて瀕死なのに、理屈で返せない事業者や、楽屋裏での筆者のような、どうせ誰かから聞きかじっただけに決まっているであろう(と思われた)マスコミ人向けには、レトリックでの論破を挑んでくる。

だが、筆者は税の専門家ではないけれど、知識の不足を取材で補うジャーナリストである。またそれ以上に、フリーになって四半世紀もの間、確定申告をしてきた納税者だ。消費税の悪魔性はレトリックでどうにかなるものではないことを熟知している。

 

転嫁できないのは下請けいじめのせい?

ついでに書いておくと、消費税増税反対論に対するありがちな批判に、「転嫁できないというのは消費税のせいではなく、下請けいじめの問題だ」というのがある。「転嫁できない」現実自体を認めない高橋氏は使っていない論法ではあるけれど、いずれにせよ、これもまたナンセンス。

なるほど、学問領域で言えば税法と経済法(独占禁止法など)、役所の縄張りでも国税庁と公正取引委員会に分かれるのかもしれないが、絶対に切り離せないとわかりきっている相関をあえて無視するなら、それは未必の故意と言うべきだろう。

あまり人間を舐(な)めないでもらいたいものだ。(続く)

 

 

山本太郎氏「消費税ゼロ」への高橋洋一氏の批判に徹底反論!(下)

山本氏の活動でようやく芽生えかけた消費税を本気で論じようという機運に水を差すな

斎藤貴男 ジャーナリスト

高橋氏は『月刊Hanada』の3月号に掲載された「山本太郎の正体」の2ページ目で、唐突に〈「でたらめだ」と指摘すると逆ギレするのが民主商工会(民商)のいつもの手口である――〉と難じている。そこまでの記述に登場しない団体名がいきなり現れたので戸惑っていると、理由はそのすぐ後に書かれていた。

山本氏は、消費税の廃止で失われる約27兆円の代替財源に、法人税の増税や各種優遇措置の廃止、所得税並みの累進税率導入などを挙げている。だが、この試算をしたのが民商の全国組織・全国商工団体連合会(全商連)に関わりのある税理士なのが問題だ、と高橋氏は言うのである。

民商を蛇蝎のごとく嫌う高橋氏

よくわからない。共産党でも自民党でも、よいと思われる主張はどしどし取り入れたらいい。それだけの話ではないかと、筆者は思う。

だが、高橋氏は民商を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っている。その理由について次のように書く。

 民商のHPでは「中小企業・家族経営の営業と暮らしを支え合う、助け合い運動に取り組む中小業者の団体」と説明しているが、この団体は実は日本共産党系の組織である。(中略)

元税務署長である私の経験から言わせてもらうと、この団体は非常に厄介である。確定申告の終盤になると、民商が大挙して押し寄せてくるので、「署長は税務署に来ないでください」と署員から言われたこともある。

この人たちの考え方の前提は、税金をなるべく払わないということであり、納税の義務というものをほぼ無視している団体なのである。

確かに民商は共産党系の団体であり、税金に関する会員の相談に熱心だ。もともと戦後の占領下で強行された重税政策や、暴力的な差し押さえに抵抗して結成された組織である以上、自然の成り行きではある。日本国憲法から導かれる「応能負担」の原則にこだわり、大企業や富裕層を優遇したがる徴税当局とは対立する局面が多い。

消費税の増税にも大々的な反対運動を展開する。やはり中小企業の組織である各地の商工会や、その全国組織である日本商工会議所の会員たちも、消費税には相当なダメージを受けているのだが、彼らは大企業や政府との関係を重視して反対しない。

筆者は拙著『決定版 消費税のカラクリ』のための取材で、日本商工会議所の幹部に、こんな話を聞かされている。「われわれは保守の、体制の下にある組織なので、自民党や財界が消費税を進めるという以上、最終的には従うしかないと考えているのです。どこまでもこの枠組みの中で生きていく。消費税では譲る結果になったとしても、体制側にあることのメリットを、われわれは選びますよ」。その結果、ますます民商ばかりが際立つ構図になった。

山本氏の消費税廃止論を大きく取り上げた『文藝春秋』を、高橋氏が〈いつから共産党の機関誌になったのか〉と指弾した所以(ゆえん)である。

 

透けて見える中小零細事業に対する蔑視

ただ、だからといって“納税の義務を無視”はないだろう。誰しも税金に殺されたくはない。非合法でない限り、生活防衛としての節税はもちろん、憲法違反さえ疑われる不公平・不公正な税制に反対するのも、当然すぎるほど当然の、納税者の権利ではないか。

そもそも高橋氏の論考には、独善的な論理展開が多すぎる。

2023年度から開始される消費税のインボイス方式(適格請求書保存方式)を絶対視したり、「法人実在説」(法人は株主とは別個の存在として独自の課税対象になり得るとする)と「法人擬制説」(法人は株主の集合体で、その株主は所得税を納めているのだから、法人税は二重課税に当たるとする)を比較して、〈経済理論では実はほぼ決着がついている〉と後者に軍配を上げ、したがって法人税増税などとんでもない、そもそも法人税自体があってはならない税制であるかのように示唆したり。消費税増税批判を嫌悪する人々に共通する、中小零細事業に対する蔑視が透けて見える。

インボイスが始まれば、これを発行しない年商1千万円以下の非課税事業者はそのことを取引先に告知する義務を負わされるのと同じことだ。とすると、納税義務のある取引先は、「ああ、この事業者から仕入れると、仕入れ税額控除を受けられないのだから、その分だけ余計に消費税を納めさせられることになるのだな」と判断し(事実その通りである)、その非課税事業者は必然的に取引の輪から排除されていく。それで潰されるのが嫌なら、年商1千万円以下でも消費税を納税しなければならない課税事業者になりたいと自ら当局に申し出るしかない。廃業・倒産の促進策と言って差し支えないのである。

近年は法人擬制説が優勢だというのも、世界中を呑み込みつつある新自由主義の下で、巨大なグローバル資本という勝ち馬に乗りたがり、魂を売り飛ばした経済学者やマスメディアだらけになったという話だ。あるべき税制の真実ということでは絶対にない。

これらのテーマの詳細については、必ずしも高橋氏への反論である必要がないので、別の機会に譲りたい。ただ、法人税について、彼は興味深いことも書いているので、もう一言だけ。

 

消費税増税の目的は法人税減税

山本氏は『文藝春秋』に、消費税は1989年の導入から、16年までの28年間に累計約263兆円の税収を上げたが、一方で法人税は同じ28年間で累計192.5兆円も減っていたという事実を提示。〈消費税収の実に約七三%が法人税の減少分に割り当てられた計算です〉〈大企業を優遇するために、庶民を犠牲にしてきた。そう言っても過言ではありません〉〈消費増税と大企業減税は必ずセットだと分かる〉などと続けていた。

消費税と法人税の明快すぎる因果関係は、高橋氏も認めないわけにはいかない。彼はそこで、こんな内幕を明かしている。

 消費税を上げるときに、財務省と経団連が「結託」したというのは事実である。キーワードは、社会保障費の増大。

経団連は、消費税を社会保障財源にするなら消費増税に賛成するが、その代わり、法人税を減税してほしいという方針に出た。財務省も消費増税の味方が増えるのであればやむを得ないとして、消費増税と法人減税というバーターに乗った。暗黙の取引をしたのである。

社会保障は社会保険方式で賄うのが世界の常識で、消費税を財源にするのは間違っている、と高橋氏は言う。しかし社会保険料だと労働者だけでなく企業も負担しなければならない。だから消費税なのだとし、こう書く。

 結果として法人税が下がり、消費税が上がることになったのは事実で、財務省と経済界が悪い。

こういうのは、〈結果として〉ではなく、「初めからそれが目的だった」と表現すべきではなかろうか。

筆者はかねて同じ現実を指して、「そもそも社会保障の充実・安定化のための消費税、という謳い文句からして嘘」だったのだと強調してきたが、はからずも当局者によって裏付けていただいたことになる。

嘘に嘘を塗り固めてのさばってきた「イカサマ税制」に、存在理由などあってたまるものか、と筆者は考える。だが高橋氏は、〈財務省と経済界が悪い〉で済ませてしまい、先に紹介した「法人擬制説」の話題にもって行ってしまう。氏はこの論考の冒頭で、〈私は理系出身の数量政策学者なのでイデオロギーではなく、データやロジックに基づいた議論しかしない〉と胸を張っていたのだが――。

 

消費税に反対する人間を排除する空気

最後に指摘しておきたいのは、時に意図的なミスリードを重ねる高橋氏の論考が、とどのつまりは読者をして、「山本氏は共産党と同じだからけしからん」「消費税という税制に疑問を抱く者も共産党だ、排斥しよう」という発想に誘導する狙いを帯びているとしか思えないということだ。『月刊Hanada』の読者であれば、小難しい税制論など展開するよりも、共産党だから悪いと言っておくのが一番だ、という態度を感じずにはいられない。これも〈イデオロギー〉でなく、〈データやロジックに基づいた議論〉なのだろうか。

消費税が導入されて30年余。先に述べたような状況で、日本社会でこの税制に反対する人間は、すなわち共産党員だ、“アカ”だと見なされて排除される空気が醸成された。筆者自身もレッテルを貼られやすい一人だが、いちいち付き合っていられるほど暇ではないし、天下の公党をそれだけで差別する人々に何を言っても無駄だと考えて、放っておいている。

やるべきは消費税の本質に関する議論

ただ、2020年2月のタイミングで放たれた高橋氏の「山本攻撃」は、山本氏の活動によって馬鹿馬鹿しすぎる旧弊が少しは薄まり、ようやく芽生えかけた、消費税の是非を本気で論じ合おうとする機運に水を差しかねない。

新型コロナウイルス一色の時期が過ぎたら、あるいは、この戦後最大と言われるウイルス禍に伴う経済危機への対策としての消費税率の引き下げ論が現実味を帯びていった場合、高橋氏と同じ路線の波状攻撃が本格化する可能性もすこぶる大きい。経済学者が、消費税増税批判論なり山本氏なりを叩きたければ、共産党がどうこうではなく、消費税という税制の本質をこそ論じるべきである。

 

ついでにコメントも載せておきましょう。

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元地方公務員。農業土木技術者。農業基盤整備の設計・施工に係わること42年、そのノウハウを生かして自然エネルギーの有効利用を考えています。栃木県在住。

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